東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)82号 判決 1963年4月30日
原告 万兵株式会社
被告 特許庁長官
主文
特許庁が昭和三四年抗告審判第二六一七号事件について昭和三七年四月二四日にした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
一 主文同旨の判決を求める。
第二請求の原因
一 原告は、特許庁に対し、昭和三四年二月一一日旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条第三〇類毛織物を指定商品とし、「ジヤガー」の文字を片かなで一連に横書きにし、その下に並列して「JAGUAR」の欧文字を書して成る商標(以下本願商標という。)の登録出願をしたが、昭和三四年九月三〇日拒絶査定がされたので、これを不服とし抗告審判の請求をし、昭和三四年抗告審判第二六一七号事件として審理された結果、昭和三七年四月二四日右請求は成り立たない旨の審決がされ、同審決の謄本は同年五月一七日原告に送達された。
二 右審決の理由の要旨は、(一)本願商標は登録第三九八四七二号商標(以下引用商標という。)と称呼および観念が類似であり、同一または類似の商品に使用するものであるから、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号の規定により登録できないものであり、なお、(二)引用商標の商標権は本願商標の出願前権利者の営業廃止により消滅しているのでこれをもつて本願商標の登録出願を拒絶することは許されないとの原告の主張については、原告提出の書証をもつてしては、いまだ右営業の廃止による商標権消滅の事実を認めることができないから、これを採用できないというのである。
三 けれども、本件審決は、つぎのとおり違法であり取り消されるべきである。すなわち、引用商標は、毛織物を指定商品とし本願商標と称呼および観念において類似しているとはいえ、その商標権者である訴外株式会社森居又商店(旧商号株式会社森居商店以下同じ。)は、本願商標の出願前である昭和二八年二月解散し(清算の結了およびその旨の登記は了していない。)、同時にその営んでいた毛織物既製服の販売等の営業を名実ともに廃止してしまつたのであるから、右商標権は、そのときに当然消滅している。したがつて、このような引用商標をもつて本願商標の登録出願を拒絶すべきものとした本件審決は、この点において判断を誤つた違法がある。
よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。
第三被告の答弁
一 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。
二 請求原因第一、二項の事実は認める。同第三項の事実については、引用商標の権利者訴外株式会社森居又商店が原告主張のときに解散したことは認めるが、同訴外会社の営業の内容が原告主張のとおりであることおよび同訴外会社がその営業を廃止し引用商標の商標権が消滅したとの点は争う。
旧商標法第一三条にいわゆる営業の廃止とは、商標権者が法人である場合には清算の結了のときと解すべきである。ところが、右訴外会社は、清算の結了もその旨の登記も了していないから、右の営業廃止があつたとはいえず、引用商標の商標権も消滅していない。
原告の本訴請求は、理由がなく失当として棄却されるべきである。
第四証拠<省略>
理由
一 本願商標の構成、その指定商品、本件審査審判手続の経緯および審決の理由の要旨についての請求原因第一、二項の事実ならびに引用商標が、少くとも原告において訴外株式会社森居又商店の営業が廃止されたと主張するときまで、同訴外会社の権利に属していたことについては、当事者間に争がない。そして、本願商標が、その称呼および観念において、毛織物を指定商品とする引用商標に類似するものであることは、原告の自認するところであり、右訴外会社の営業目的ないし内容が原告主張のとおりであることは、成立について争のない甲第一号証および証人森居幸夫の証言により明らかである。したがつて、本件における争点は、右訴外会社について営業の廃止があつたかどうかの一点に帰する。そこで、以下この点について判断する。
二 成立について争のない甲第一号証、同第四号証の一、二、弁論の全趣旨により真正な成立の認められる甲第二、三号証および証人森居幸夫の証言に弁論の全趣旨を合わせ考えると、引用商標の商標権者である訴外株式会社森居又商店は、経営不振のため昭和二七年初め頃から営業を停止し、七、八〇〇〇万円に及ぶ負債を負いその決済に困窮し事業再建の見込も余力もまつたく失つて、昭和二八年二月五日には株主総会において解散の決議をし、同月七日その旨の登記を了し、当時まで代表取締役であつた森居幸一郎および池田聰のうち池田が清算人になつたが、その頃会社財産に属していた店舖、商品等のすべてが失われ以後の経過も明らかでなく、いまだ清算結了の登記が履践されていないとはいえ、以来放置された状態のままおよそ一〇年を経過し、その間右森居も死亡したこと、このようにして、はやくから、会社の有形無形の活動や資産は消滅ないし四散して存在しなくなり、業界におけるその営業的信用は失われ回復すべくもなくなつたばかりでなく、会社継続の株主総会の決議がされたことのないのはもちろん、そのような継続の意思をうかがうに足りる事実もまつたくないこと、なお、右清算人池田についても、あらためて右の事態に手をつけようとの意図も態度もうかがえず、引用商標については、右解散以来使用または処分等の事実も意図もなく放置されていたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠は少しもない。
以上認定の事実によれば、右訴訟外会社は、昭和二八年二月五日の解散決議にもとづき清算手続に入つたが、整理決済に充てられるべき若干の資産も把握されないまま散逸し、会社の営業的地位も信用もそして会社継続の意思をも失い、結局、少くとも本願商標の登録出願がされた頃には、その全営業を廃止していたものと認めるのが相当である。したがつて、引用商標の商標権も右営業の廃止により消滅したものといわなければならない。
三、右のとおりである以上、すでに商標権者の営業の廃止によつて消滅に帰した引用商標を有効に存続するものとして旧商標法第二条第一項第九号の規定により原告の本願商標の登録をすべきものでないとした本件審決には、この点において判断を誤つた違法があり取消を免れず、原告の本訴請求は、理由があるのでこれを正当として認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)